昭和16年(1941年)12月12日に東條内閣が支那事変(日中戦争)も含めて「大東亜戦争」とすると閣議決定。
大東亜戦争という名称は、東アジアで行われてきた欧米諸国による搾取が、あまりにも人道に反するものであったため、日本は東アジアから欧米諸国を一掃し、この戦争が東アジアの解放と大東亜共栄圏の実現を目指した戦争だったことから付けられた名称。
昭和19年(1944年)に東京で大東亜会議という会議を開き、大東亜共同宣言を発表することで大東亜共栄圏を構築した。この大東亜会議には、日本のほか、 満州、中華民国、フィリピン、ビルマ、タイ、インドが参加し、各国の最高指導者が来日し、開催されました。
敗戦後、日本が東アジアの独立に貢献したという事実を隠蔽し、日本を、ただ身勝手に東アジアの人々に迷惑をかけた悪者に仕立て上げるため、GHQによって使用が禁止され「太平洋戦争」と名称を強制された。GHQの命令は現在では失効している。
日本の戦争の歴史